2006年12月30日

【今年最後の記事】ROSSOを忘れるな。

 あ、さて、今年も(本日を除くと)あと1日になってしまいました。今年の後半は個人的に激動の日々で、なかなかこのブログを更新できませんでした。そういう意味では本当に残念でした。しかし「何かを犠牲にしてでもやらねばならぬ時はある」と自分に言い聞かせて頑張りました(今思い付いた言葉だけどな!)
 来年はもう少し自分の脳みそを自由にできる時間を増やして、このブログへドロップできる文章も増やしていけたら、と思っています。
 
 というわけで、今年最後のテキストは、某ROJに投稿して掲載されなかった、ROSSO『Emissions』とROSSO活動休止についての文章を掲載しようと思います。
 このテキストはThe Birthdayのアルバムが出る前に書いたもので、未だにアルバムを聴いていないんですが、ここに書かれているROSSOへの気持ちはこのテキストを書いたときと変わりはないので、The Birthdayのアルバムを聴いたあとでも同じだと思います。アルバムを聴いたら改めて、The Birthdayへの見解を書くことができたらと思います。
 
 では、今年もありがとね!来年もよろしく!

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posted by 植木孝之 at 20:12| Comment(1) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月26日

誰のCDをパクっても万引きは万引きです。

 JOJO広重さんの11月2日の日記について。

 AMSがモダーンミュージックに国内盤のCDを手数料なしで卸していて、その商品が万引きされていたことへの怒りというか嘆きについて書かれている。僕もCDショップで働いていたから、自分が仕入れた(といっても会社の金で、だけど)商品が万引きされて、また同じ商品を発注しなくてはならない時の無力感というのはある程度理解しているつもりです。

 それを踏まえたうえで書かせてもらうと、日記の11行目「AMSとかフジヤマとかモダーンミュージックとか、」から13行目「そこの商品を万引きするのはやめてください。」

 という箇所にどうしても引っ掛かってしまう。この文章を僕なりに解釈すると、

「流行/売れ筋の音楽」なんて、どこに行っても売っている通俗的なもので、ロクな価値などないんだから別に万引きしてもいいけど、うちに置いてある「自分たちが大切に思っている」歴史的にも価値のある、貴重なものは万引きしないで欲しい。


 というものになる。これはあくまで僕の拡大解釈だし、偏見ですよ。しかし、読むひとにとってはそう捉えられても仕方のない書き方だと思う。そんな僕だって「流行/売れ筋の音楽」全てが好きなわけではないし、例えばBOA(いや、ロード・オブ・メジャーにしとくか・笑)とかがパクられていても「仕方ないか」くらいにしか思わなかったりしたこともある。でも、少し見方を変えると、BOAが所属しているエイベックス(の系列)から僕の大好きなヘア・スタイリスティックスやストラグル・フォー・プライドなどのCDが出ていたりするし、今回の件でAMSが発注した浅川マキだって東芝EMIから出ている。「流行/売れ筋の音楽」である175RやGLAYや槙原敬之の上(というか下というかなんというか)に成り立っているものなのですよ。現実的に浅川マキと175R、槙原敬之に相関関係は無くても、音楽業界的視点に立ってみると、そこには相関関係が発生するのです。

 なので僕は一概にそこは差別してはいけないものだと思っています。特に音楽業界全体を考えたときに、特に音楽を大切に思っていて、業界で働いている方には、そうであって欲しいなあと思うわけです。
 
 僕はAMSにもモダーンミュージックにもフジヤマにも行ったことがないので、こんなことを書くのは不適切なのかもしれませんが、いつものJOJOさんの日記に感銘を受けている者として、解せないというか残念に思ったので書いてみました。
posted by 植木孝之 at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月26日

ベックを引き合いに出して、コーネリアスを書こうと思ったら、、、(前編)

ザ・インフォメーション

 ベックの新作『ザ・インフォメーション』の評価がいまいち良くない(ふうに感じる)。結構良いと思うんだけどな。前作『グエロ』のときも思ったのだが、おそらくベックに対して求めているものの違いが評価を二分しているのだと、僕は思っている。

 僕はベックを聴きはじめたのはちょっと遅かった。『メロウ・ゴールド』をリアルタイムで体験することができず、『オディレイ』からのベックファンである。例えば『メロウ・ゴールド』をリアルタイムで聴いて、過去のさまざまな音楽(特にファンク、ブラック・ミュージック、ヒップホップ)の概念を根底から打ち崩し、それらを坩堝に放り込み、これまで見た(聴いた)ことのない珍種の生物(音楽)を目の前に出現させた彼のインパクトは凄いものだったと、'90年代ベストアルバム特集で必ずと言って良いほど『メロウ・ゴールド』が顔を出す現状から察しても、容易に想像がつく。
 そして、その印象が強いがあまり、ベックは「音楽の規定概念を常に打ち崩す音楽を投げかけてくれる」という思いや期待が『メロウ・ゴールド』で脳天直下の衝撃を受けたひとには比較的多いのではないだろうか。

 『メロウ・ゴールド』→『オディレイ』→『ミューテイションズ』→『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』→『シーチェンジ』(『メロウ・ゴールド』→『オディレイ』→『ミューテイションズ』→『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』という考え方もあると思う)でひととおりベックが出せるパターンを出し尽くしてしまった感が、『グエロ』や『ザ・コミュニケーションズ』を聴くと感じられることは否めない。
 が、僕はこれでいいと思うのだ。きっと彼は、これからが本当にやりたかった音楽をやる時だと感じている、というフシがある。これまで愛してきた彼のルーツとも言える、ブルース、ファンク、ソウルなどのブラック・ミュージックをベック印に焼き直す。
 否でも応でも彼の最近の作品には、一聴しただけで「ベック」であるとわかるリズム感やアレンジや音がある。それを「またか」と聴くか、「これだよな」と聴くのは人それぞれだろう。だから、彼を評価することはとても難しいものだと思っている。だから、面白いアーティストだとも思うのだが。

 と、本当はコーネリアスとベックのアーティスト性を相対化して、コーネリアスの新作『SENSUOUS』について書きたかったのだが、ベックについての文章が長くなってしまったので、「後編へ続く」で後編にコーネリアスの新作『SENSUOUS』について書きます。このアルバムは、みんな良い、凄いと感じるはずです(「良い、凄い」という表現はちょっと違う気もします。ジャストな言葉が見つからない)。特に日頃音楽をそれほど大切に思っていないひとに聴いてもらいたいです。

 あなたは、本当に音楽を必要としていますか?

(後編へ続く)
posted by 植木孝之 at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

天才の片鱗。

緑ケ丘に鐘は鳴る

 緑ケ丘に鐘は鳴る/中林キララ

 学研から出たロックギタリストガイドにも掲載された、オシリペンペンズのギタリスト、中林キララの(たぶん)1stソロアルバム。

 これは、凄い。CD-Rだけど34分300円という超破格プライスなのもさることながら、内容も超絶極まりない。僕が以前ペンペンズの音楽を説明する際に引用したキャプテン・ビーフ・ハートばりの変態、超絶さを現代に蘇らせたような曲、中原昌也、EYEばりのテープ編集センス、ゴミとジャンクを選別する耳のセンスが光る曲から、なんと「こんにちは赤ちゃん」のカバーまで、内容はバラエティーに富み過ぎ。

 この前のペンペンズのライブを見て、以前の笑顔でメンバーを笑顔で見つめながら演奏している姿と180度変わり、アクティヴに立ち振る舞いメンバーのなかで一番光っていたのは中林キララであり、以前の意識でライヴに臨んでいた僕は大変びっくりしたんだけど、このアルバムを聴くまでは正直これほど音楽的センスのあるひとだとは思わなかった。嬉しい誤算である。実は僕がペンペンズを好きになったきっかけはモタコのキャラより前に「引き止め男と去る女」のギターフレーズだったりするのでその徴候は僕のなかで無意識にはあったんだろうけど。
  
 石井モタコが結婚して、ペンペンズの音楽(特に歌詞)の方向性が変わっていくことが予想されるなか、音楽的には今後中林キララが引っ張っていくかもしれない(これまでもそうだったのかもしれないけど)。特に「ペンペンズはパフォーマンスだけだ」と批判する輩の口を閉じさせる力を持っているアイテムには違いない。
 なので、仮に石井モタコの挑発的で、彼の言動のひとつひとつがものの見事に物事の核心を突きまくるキャラがイヤでペンペンズを避けているひとがいるならば、このアルバムは気に入るかもしれません。

 ライブ会場限定アイテムなので、是非ライブを見てからご購入ください。
posted by 植木孝之 at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

書きました、という報告。

soyuz project

 すいません。いろいろとやらなくてはならないこと満載で、新たに記事を書くことができないのですが、1つ報告を。
 9月22日に初台ドアーズにて行われたSOYUZproject(福間創・ex.P-MODEL、ヤプーズ)のライヴ評を書かせて頂きましたので、よろしければ御覧ください。

こちら(同ページに3本のライヴ評が載っていますが、僕が書かせて頂いたのは真ん中の文章です)。

 で、僕がライヴ評のなかでも書いた「swingby」という曲がこちらで試聴できる(というか1曲まるまる聴ける)ので、聴いてからでも読んでからでもいいですが、興味が湧きましたら、読んで聴いて(聴いて読んで)みてください。
posted by 植木孝之 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

腹を括れ。

 スパルタ、変わった。

 それはもちろん「付き合う前はあんなに優しかったのに、何で?」という嘆き悲しむほうの変わりようではなく、とても良い意味で。

 前作『DREAMER』までの「こうなればいいな。こうしたいな」という願望先行型の歌詞から、「こうしてやる」というリアル思考型への歌詞の変貌。それは1曲目の「ばかやろう」を聴けば一発でわかる。やっと、腹括ったか。

 裸足で荒れたアスファルトのうえを全速力で走るようなささくれ立った疾走感と同時に、走り続けて足の裏に血が滲んだ痛みをMっ気まじりにほくそ笑みながらリズミカルに走る突き抜けた爽快感をこのバンドには感じていたけど、こういう崖っぷちな詩が乗ると楽曲の力をまるでアメリカ牛と日本米の織り成す交響曲のように、最大限まで引き出すことができる(まだ、復活後の吉牛食ってねえんだよなあ。食いたい)。最高だ。何杯でも食える。

 3rdアルバム『SUN SUN SUN』以降のスパルタローカルズにはどこか行き詰まりを感じていた。僕は『SUN SUN SUN』リリースくらい以降のライヴを見ていないので、彼等のライヴがその後凄まじくよくなっているのかもしれないが、僕がライヴを見ていた頃は、だいたいライヴの最後に彼等の代表曲である「ピース」を持ってきていた。その頃のスパルタローカルズのファンが「ピース」を聴きたがっていたのはよくわかるし、盛り上がるので一概に否定はできないのだが、正直、いつまで頼るのかと感じていた。他にいい曲たくさんあるのに。なんでだろうな、と思っていた。でも、今思うと、多分自信がなかったんだと思う。「ピース」以外で客を盛り上げるような自信が。でも彼等には楽曲の力よりももっと必要なことがあった。彼等はもっと突き抜けることが必要だったのである。それは多少のリスクを背負ってしまったとしても。

 結果、彼等はドラムの脱退という多少どころでないリスクを背負ってしまったが、最新アルバム『スパルタローカルズ』を作る(腹を括る)以前では「メンバーの脱退=解散」と考えてきたであろう彼等が他でもない「バンドの存続」という道を選んだのは、彼等がバンドで音楽を鳴らし続けてロックンロールしていくという、腹を括った何よりの証左であると考える。

 彼等が必死にロックンロールしている顔が見たい。
posted by 植木孝之 at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

【レポ】EXTREME NIGHT Vol.3

EX Vol.3 看板

 終了して少し日が経ってしまいましたが、EXTREME NIGHT Vol.3、無事終了しました。ご来場の皆様、出演者の皆様、青い部屋スタッフの皆様、主催者(僕含む)の皆様、お疲れさまでした&ありがとうございました!
 今回もちょうどいい案配のご来場の方の数で、ハコ全体のスペースに対する割合も丁度良く、興業的には若干の赤でまたもや僕のフトコロを寒いものにしまいましたが、とても過ごしやすい、いいイベントにすることができたと自負しています。

 今回の出演者は、ライヴにタバタ&あだちDuo、Cosmic Urination、ダウジノイザズ、Filthという個性的な4組。そしてDJにレギュラーであるodaq、ろくでなしに加えてゲストDJに☆みほちゅう☆さんをお迎えした。
 前回同様15時30分頃に現地入りし色々と準備、というか出演者、主催者等と雑談。前回から渋谷青い部屋に会場を固定したからか、主催者サイドにもどこか余裕が感じられる。

 前回同様リハは出演順の逆で行った。タバタ&あだちDuo、Cosmic Urination、Filth、ダウジノイザズの順番。皆淡々と音のチェックを青い部屋のPAの方と打ち合わせながら、本番でのパフォーマンスをどういうものにするか模索しながら演奏している。本番と同じような演奏になるとは思わないが(特にEXTREME NIGHTの出演者は偶発的なユニット形態での出演を意図的にお願いしていて、本番一発勝負のセッション要素が高いので、尚更同じようなものにならないと思う)、いや、思わないからこそ、リハでの演奏そのものも1つのライヴのように感じられて、それを見ることができるのは主催者冥利に尽きる。至福の時である。前回は出演者の枡本航太さんにインタヴューをお願いしていたりして、僕自身結構テンパっていたので、今回はそういった面でも余裕があったのだ。

 開場時間の18時になり、いっしーさんの客入れDJが始まる。今回は普段のDJではとてもかけられないような長尺の曲を3曲用意したとのことで、持ち時間30分のなかで、あまりDJ卓ですることもないようで、場内のいろんなところに回られて雑談してました。タバタさんに「この曲はこんな感じなの?ループしてるの?」と聞かれたので、「こんな感じみたいですよ」と答えた瞬間に曲が転調したのが面白かったです。かけた曲は以下のようなものでした。

A Farewell To A Crimson king In A Crimson Way/Comity
Sheets Of Easter/Oneida
Hypnagogue/Vurrent93


ダウジノイザズ

 そんなこんなで今回のトップバッター、ダウジノイザズの登場の時間に。レギュラーのアウラノイザズに今回はラップトップと自作のウッドベース形態のエレキベース(らしきもの)を携えた二人組、ダウジング同好会を迎えてのライヴ。セッション的な要素はあまりなく、アウラの二人もハープをあらかじめ決めた通りに淡々と弾いている印象。その上にダウジング同好会の音が乗るという感じで、それぞれのパートがループ演奏しながら、徐々に音のテンションが上がっていく。ハープの音とダウジング同好会の音の相性は抜群に良いと感じたので、そこに彼等なりのエクストリームな要素がもう少し欲しいとは思った。構築美の果ての破壊が見たかったところである。次の展開が楽しみだ。

DJ odaq

 続いては、DJ odaq。前回、前々回と実にodaqさんらしい爆音DJで僕は良いと思ったのだが、odaqさんは客の反応を不安に思ったか、今回は割と控えめな印象。タバタさんが在籍しているAcid Mothers Templeの音源をかけたときに、タバタさん自ら「今かかってるの、何ですか?」と問い合わせてきたのが面白かった。しかし、タバタさんが在籍していないときのものだったらしい。他には高円寺百景などをかけていた。これもこれで今のodaqさんの音の好みの一面を垣間見たようで、odaqさんらしいDJだった。
 
Filth

 次は、Filth。いっしーさん、junneさん、toruさんの3ピースバンド。前回でのライヴでは、割ときっちりと展開を決めて臨んでいたが、今回は割とフリーキーというか、全体の展開をきっちり決めてかかっているのではなく、リフの力に身を任せているような演奏で、前回よりもエクストリーム度が増していたと思う。演奏中もお互いがアイコンタクトで次の展開を指示していくさま、そこにドラムのtoruさんが予想もしなかった表情を浮かべるギャップがツボだった。音も前回よりも僕のツボにハマっていたし、バンドのやりたいことがより明確になっていることは間違いない。

DJ☆みほちゅう☆

続いてはDJ☆みほちゅう☆さん。今年6月に三軒茶屋クロームで行われた独逸世界杯開催記念重低音ナイトでDJをやられた方である。とにかく重い音。ノイズ、インダストリアル、HR/HM、プログレなどをかける凄まじいイベントだったようで、僕は残念ながら行けなかったので、どういう重低音が鳴らされたのか聴いてないのだが、そのイメージからすると(どんなのをイメージしてたんだよ、って感じですが)こちらも控えめな感じの選曲をしてきたらしく、落ち着いて聴かせるようなセットリストだった。選曲も僕好みのものが多かった。デザイナーをやられていて、今回のフライヤーも作成していただいたので、そのセンスがDJにもあらわれていた。

Cosmic Urination

 1回目に続いての出演のCosmic Urination。今回は、角田俊也さん、伊東篤宏さん、宇波拓さんに加え、ベースの畠中実さんも参戦。4人体制である。バンマスである角田さんが作成した今回のライヴをイメージした抽象画を見せていただいたのだが、これが30分で作ったと思えないほどの素晴らしい出来で、これが音にどう変換されるのか、非常に楽しみであった。
 その抽象画のイメージはなだらかな坂を登っていくと突然の渦巻きに飲み込まれるようなもので、その渦巻きのなかに暴風雨と宇宙が渦巻いている感じを想起させる。
 角田さんのビリンバウと伊東さんのオプトロンが爆音を鳴らし、そこに宇波さんのキーボードと畠中さんのベースが絡んでいく。それが、暴風雨と宇宙のイメージを見事に音像として形作っていた。オプトロンの光が視角にも衝撃として飛び込んできて、目と耳を同時に刺激する。このバンドは見事なほどにライヴバンドである。前回見たものとは全く違うものだった。次も全く違うものになると思われるので、是非見てみたい。

DJ ろくでなし

 そして、DJろくでなし、僕の出番である。今回はセットリストをきっちり決めないで、ネタをいっぱい仕込み、その場の勘(場の雰囲気とか客の反応とかを考慮する余裕なんてないので)で決めていった。家でしこしこ印象に残ったテレビ番組の音をCD-Rに録音し、それをCDJにかけて面白いようにループしたりして、それをまたCD-Rに録り直すという原始的な作法で、曲以外のネタを今回は用意してみた。で、そのセットリストはコレ。

【TV】安倍内閣官房長官総裁選立候補表明演説/安倍内閣官房長官
時は来た/オシリペンペンズ
Immigrant Song/LED ZEPPELIN
one armed scissor/at the drive in
Lemonade/The STARS
KUGGED by dj klock and moyunijyumo/久下恵生
【CM】エバラ 生姜焼きのタレ/川平慈英
ないないない/MOST
Starfuckers,Inc/Nine Inch Nails
Zuckendes Fleisch/EINSTURZENDE NEUBAUTEN
【TV】おもいっきり生電話/みのもんた
B面最初の曲/THE GEROGERIGEGEGE
生きとし生ける物へ/森山直太朗


 どうですか?めちゃめちゃ反則スレスレでしょう。というか、反則でしょう。ま、正直アタマとケツの流れはほぼ決めていたのですが、安倍官房長官であれだけウケるとは思わなかったですね。いやー、ウケたんですよ。これまでやってきたDJのなかで一番手応えを感じましたね(笑)。

タバタさん口パク

 で、ケツの森山直太朗が若干スベる雰囲気だったのですが、そこを次の出番であったタバタさんが、口パクで熱唱するという奇跡のアドリブを披露していただいて、難を逃れました。場内大爆笑。いやー、さすがだなあ、と思いましたよ。百戦錬磨のライヴ達人だなあ、と。

【1】タバタ&あだちDuo

 そのまま、今回のトリのタバタ&あだちDuoへ。田畑満さんは、現在Acid Mothers Temple、Amazon Salivaなどで活躍している名ギタリスト。あだち麗三郎さんは俺はこんなもんじゃない、タラチネ、henrytennisなどでサックスを吹かれています。田畑さんは以前Amazon Salivaで見たことがあったのですが、あだちさんは僕は今回初見でした。田畑さんのその場の思いつきであろうギターループにあだちさんのサックスが(これもアドリブだろう)乗っていく。途中客席に乗り込んだりしていって、場内の笑いもしっかり取る。さすがだ。途中あだちさんがドラムに向かっていきドラムを叩いて激しい演奏にもなる。リハとは全く違う演奏。フリー・フォーム・ミュージックの極地を見た気がした。感服。
 そして、最後に今回の出演者に歌もののバンドがいなかったから、ということで、Boomtown Ratsの「哀愁のマンデー」の日本詞バージョンできっちり締めていただき無事終了。

 いや、今回も手前味噌ですが、楽しいイベントでした。出演者、ご来場の皆様にも楽しんでいただけたようで、良かったです。これは個人的に思ったことなのですが、前回と同様、イベントの流れ的にトリまでに溜めていったパワーをトリで爆発させるというか、そのバネの跳ね返りの強さがこのイベントにはあるな、と思いました(それはトリ以外のメンツが良くないという意味ではなくてバランスの問題です)。これはイベントとしては良い傾向だと思うので、次回もそういった強力なメンツを揃えて臨みたいと思います。

 次回は来年の1月13日(土)、場所は同じく渋谷 青い部屋です。新年早々楽しみましょう。お楽しみに!
posted by 植木孝之 at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月10日

思春期のオト。

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 ギターロック。

 その名の通りギターを鳴らすことによって発生させるロックの磁場だが、ギターの音にとことんこだわっている、つまりその人にしか鳴らせないギターの音というものにこだわっているものは意外と少ないと思う。とりあえず僕の思いつくところを(何故か日本に限定して)挙げてみる。
 
 ギターの音が悲しみ、苦しみ、切なさ、怒り、そして喜び。人間のあらゆる感情を物語るex.ブランキー・ジェット・シティ、浅井健一のギター。
 そのカッティング・ギターが目の前の景色を無惨なまでに切り裂き、紫と黒の空間に染め上げていったex.ミッシェル・ガン・エレファント、アベフトシのギター。
 緩み切った弦を鳴らしているかのような、揺らめいて歪み切ったサイケデリックな空間世界をギターで表現しているオシリペンペンズ、中林キララのギター。

 そして今回僕が挙げる徳島出身の女の子3人バンド、チャットモンチーもその例外ではない。以前より存在は知っていたが、ジャケ写などから見て、どうせ徳島出身という素朴さを売りにした地味なギャルバンだろうと思って敬遠していたのだが、先月リリースされたメジャー・ファースト・アルバム『耳鳴り』を聴いてちょっと驚いた。確かにルックスは地味だが、音は意外と硬派というか、純然たるギターロックの様相を呈している。

 10代後半から20代前半くらいの女の子の大半が持っているであろう主に恋愛に対しての感情、例えばこの感情が明日にはなくなってしまうんじゃないかという恐怖、私が2番目でもあの人に好かれているのなら構わないという歪み、何故私はあの人のことが好きなんだろうという悩みなどの思春期特有の負の要素をテーマにした歌詞に、ポストパンク的な変拍子の曲やオアシスばりのウォール・オブ・ギター・サウンドな曲など、90年代前半のUKギターロックにハマった僕なんかにはずっぱまりなサウンド・アレンジ。曲毎にギターの音色を変えつつ、そこには通底一貫した何かを感じる橋本絵莉子のギター。やるなー、と思っていたら何とサウンド・プロデュースにex.スーパーカーのいしわたり淳治が参加していた。なるほど。

 スーパーカーが解散してから、いしわたり淳治は主にエッセイの執筆や作詞提供などの活動をしていたが、このチャットモンチーへの「サウンド」面でのサポートがもたらした影響は大きいと思う。彼もスーパーカーではギターを演っていたから、ギターの音色には細心の注意を払ったのだろう。

 チャットモンチーについて書いてあるブログなんかを読んでみると、10代後半の女の子などの結構若い人が好きで聴いているようだが、こうしてギターの音を通じて、ギターロックの歴史が引き継がれているのはとても嬉しいことだし、そういえば僕もこういうふうにどこかの波に飲み込まれて音楽を聴いてきたんだな、ということを再確認した。
posted by 植木孝之 at 16:59| Comment(2) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

七色の星。

 堂本剛のソロ・プロジェクト、ENDLICHERI☆ENDLICHERIのニュー・シングル『The Rainbow Star』が届いた(というか、買った)。
 約4か月(2か月+1か月半)にも渡る長い期間、しかも1つの場所で行う(逆に言うと、だからこそこの長い期間の拘束を可能にしたわけだが)という異例な形でのコンサートを行い、現在も音楽漬けの日々を送っているであろう堂本剛がENDLICHERI☆ENDLICHERI(以下、ENDLI)プロジェクトを立ち上げるにあたり、本来は『ソメイヨシノ』ではなくこちらの楽曲で1発目のデカい花火を打ち上げる予定だったという。
 なるほど、楽曲は「ソメイヨシノ」とは180度異なる、アップ・テンポなノリのよいものだ。プロジェクトのキックオフ・ソングとしては申し分ない。感触としてはアルバム『Coward』収録の「Six Pack」に近いだろうか。ENDLIが描き出すソウル・ミュージックに裏打ちされたブラス・アレンジ、細かい技が効いているリズム・パターン、多重コーラスが壮大な祭りのはじまりを予感させる。
 この楽曲がこれまでのENDLIの楽曲(堂本剛名義の楽曲)と大きく異なるところは歌詞だ。これまでのギリギリ前を向いていながらもどこかウジウジしていて煮え切らない男性像(おそらく、堂本自身もそうなのだろう)とは違い、独りで「バッファローの群れ(これからENDLIの目の前に起こるであろう数々の障壁)」に立ち向かう勇気とそれらを打ち「砕く」ことができるという自信がこの歌詞からははっきりと聴こえる。
 以前も書いたかもしれないが、やはりこのプロジェクトは異例だと思う。単に「名前を変えて、はいどうぞ」というものではなくて、彼は(また彼のまわりにいる人間は)長期的な視野からこのプロジェクトの行く末を見据えている。そして、そのなかにいる堂本剛は何かにアゲインストし、何かを変えようとしている。それが何なのかは前にここに書いたようなことかもしれないし、そうではないことかもしれない。つまりはこれからの彼の活動を見ていかないとわからないことだが、その何かに対しての意志表明としてこの曲は七色の星を発光させていることは間違いないことだ。あなたにはこの七色の星は見えるだろうか。
posted by 植木孝之 at 22:09| Comment(2) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

浸透の夜。

シントウ

 先月の8日のことになりますがこんなイベントに行ってまいりました。その頃はおそらくW杯ムード満載だったであろうドイツからわざわざ6人も来日。
 局所中の局所で話題騒然、オレオレ激押しのシントウ他2組のライヴと、そのシントウの代表曲「ケイレン」を某ロック夜話でご紹介頂いたサワサキヨシヒロ!さんやCAPTAIN FUNK(TATSUYA OE)他1組のDJという局所では豪華な組み合わせ。

 19時開演で僕が入ったのが18時40分くらいだったのですが、その時フロアに居たのが多分5人くらい。さすがにギュウギュウの満員だとは思ってなかったんだけど、少なすぎ(苦笑)。
 客入れのDJのサワサキヨシヒロ!さん、すげえアゲアゲで面白かった。ハウスに民謡をかぶせてそのまま民謡ハウスに移行するところなんて、さすがだなあ、と感心する。ピストン西沢さん的なユーモアを感じる。ま、西沢さんのDJはもう少し芸能寄りって感じがするが。

 そのうち客も増えてきて、サワサキさんがライヴアクトを紹介。Convertibleという3ピースバンド。ドイツ出身のバンドらしいが、オーストリアでインディーチャート1位とかになっているらしい。で、何とドミノ・レコーズも実はハンスの為に作られたなどの逸話を持つ実力派ロック・バンド。これがなかなか良かった。ジャーマン・ロックというよりはUKロックに近い音なんだけど、ジャーマンぽい変態チックな隠し味を持っているというなかなかの曲者バンドだった。ゆるいフレーズで流れていくかと思いきや、急に激しいカッティング・ギターを鳴らしたりするという変幻自在な音像。ベースは女性だったんだけど、スタイルいいしベースウマイし。いいですね、女性ベースは。
 ドミノ・レコーズ設立のきっかけになったという話を前述しましたが、フランツ・フェルディナンドなどのドミノ・レコード所属バンドにない渋みを持っているというか(逆に言うと甘さがないんだけど)、簡単に言うとポップではあるけど今っぽくない感じが僕には好感触でした。日本のバンドではSTARSが近いのかな。
 
 続いてミュンヘンでヘルとかのサポートとかやっているらしいDJ MOONER。イケメン。だけど音はちょっとゆるかったかな。場には合ってたと思います。と、偉そうに言う俺。

 この辺で純米原酒『タクシードライバー』や純米原酒『赤犬大艶會』などの「サブカルと日本酒の素敵な融合の第一人者(というか他にいない)」でお馴染みの喜久盛酒造(株)5代目の藤村さんにご挨拶。以前シントウに喜久盛酒造のCMソングを依頼する(曲は題名と歌詞を変え、新作『世界』に収録されています)という鬼畜な行動に出た藤村さんにシントウの時間を聞いたらこの次ということで、シントウを待つ。

ケイレン

 シントウ出てくる。アー写とかを見ると2人組なので、2人かと思いきや3人出てきた。先ほどライヴをやったConvertibleのギターのハンスがシントウのメンバーでもあってギターを抱えている。そして、Convertibleのドラムがサポートにまわり、フロント・マンのカミ・トクジロウ氏登場。めちゃめちゃ白人なのにめちゃめちゃ流暢な日本語。僕らはデーヴ・スペクターやブライアン・バートン・ルイスやクリス・ヘプラーなどの外人顔(そりゃそうだ)と流暢日本語のギャップにはある程度慣れてはいるけれど、実際見るとやっぱウケる。それは流暢であれば流暢であるほどウケるし、場違いな言葉であるほど衝撃(笑撃)度が増す。
 場違いな日本語のオンパレード。そしてこぶしの効いた声の熱い魂の絶唱。そこに乗る踊れるハイブリッド・ダンス・サウンド。それらの要素が奇跡的なバランスで摩擦し、渾然一体のカオスと化ける音楽。それがシントウの音楽だ。

 僕はシントウのライヴはこの日が初だったので、これまで聴いてきた音源から察するに、非常にシリアスな磁場から放たれている部分が多いバンドだと思っていたんだけど、ライヴはめちゃめちゃインパクトがデカく、娯楽性の高いものだった。以前はハンスのベースとカラオケでカミ氏が歌う形式だったようだが、今回はドラムにギター、音はPCからの打ち込みに変わった。音のクオリティの高さはアルバムを聴けばわかるが、ライヴでもその実力は裏打ちされており、タイトかつハードなドラムはリズミカルに刻まれ、ギターのカッティングは切れ味抜群だ。そして、世良公則(ツイスト)ばりに大股開きで歌うカミ氏の威風堂々としたさまは素晴らしい。日本情緒にグッとくる。そしてそのさまで、

「堪忍してよお母さん 頭の回路が切れただけ」

とか

「ケイレン いさぎよくケイレン 気持ちよくケイレン」

とか歌うのだ。

 いやあ、凄いなあ。強烈な表現だなあ。こんな強烈な表現、日本人じゃ無理かなあ。無理だろうなあ。いっそシントウには日本に長期在住でもして日本の地に根付いた活動をしてもらいたい気もするけど、きっとそうすると日本に対しての愛着とか今より湧いてくるだろうからこういった悪意に満ちた表現とかできなくなるんだろうな。日本と一定の距離(物理的な距離と精神的な距離)を持って日本を見ているからこそこういう表現ができるのだろう。だって、今更「ポア」なんて曲出さないよ(新譜『世界』に収録)。遅い。でもその微妙なズレがとてもいい。名曲「希望」での客との「希望がある限りずたずたでも生きていこう」という合唱を挟み、シントウの感動のオン・ステージは終了。

 次はキャプテン・ファンクことオオエタツヤさんのDJ。サラサラの直毛ヘアでホスト風イケメンの外見。そういえば昔オオエさんてアフロ・ヘアーでしたよね?(あれ、違かったっけか?)久々にオオエさんのDJ見たけど、やっぱりいいな。安心して踊れる感じ。そんな感じでオオエさんのDJで気持ち良く踊ってたら藤村さんに呼ばれ、カミ氏を紹介される。ペプシ・コーラを飲んでいたカミ氏はとてもフランクないい方だった。
EXTREME NIGHTでホッピー神山さんとシントウの話したんですよ」ということなどを普通に会話する。そりゃ、カミ氏は日本語ペラペラだから普通に会話するさ。その後、藤村さんが御社の日本酒を持参していたので、UNIT地下の楽屋にお邪魔してシントウのメンバーさんやシントウ縁りの方々や本日の出演者さん達とご一緒に日本酒を頂くことに。
 いやいやまさかUNITの楽屋にお邪魔して、しかもシントウのメンバーさん達と日本酒を酌み交わすことになろうとは思わなかった。しかもみんな外人(白人)だし。しかし、外人にも日本酒は結構イケるようで、「ウマい、ウマい」とか「デリシャス」とか言っていた。
 何だか変な世界にトリップしたようで不思議な気分でしたね。とても貴重な経験できました。藤村さん、ありがとうございました。

 そういうわけで、結構呑んだので酔いも回っていたり、終電の時間との兼ね合いもあったので、キャプテン・ファンクのDJ終了後会場を出る。天下一品恵比寿店でネギ、玉子トッピングのこってりラーメンを食い、帰宅。

 濃厚な夜だった。あー、ぐったり?
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2006年06月23日

では2発目いきます!

 「音」という目に見えない1つ1つの粒の集まりが人の手によって構成されてできる芸術(とここでは敢えて書く)が音楽である。

 僕はここ最近のUK周辺のギター・ロックに、その「音」が光の如く輝く瞬間を感じられずにいた。やけにレイド・バックした古臭い、まるで新品をあたかもオールド(ユーズド)であるかのように加工した、嘘臭いジーンズのようなものばかりだと感じていた。

 スノウ・パトロールというバンドの2ndアルバム『アイズ・オープン』は違う。ここにはやさぐれた空しく錆びれた音は何ひとつ鳴っていない。光の結晶の集合体がとても大きな世界を生み出していて、それらが磁石に群がる砂鉄のように群がっている。
 スノウ・パトロールは1994年に結成された北アイルランド、ベルファスト出身のバンドで前作『ファイナル・ストロー』がブレイクを果たした。
 前作の大ヒットの重圧に押しつぶされず、逆にこのプレッシャーをバネにしてこれだけ洗練された、所謂化けた作品を残してしまうバンドも最近のUK周辺のバンドでは珍しいだろう。
 最近のUK周辺のバンドは実力と経験に伴わないデビュー時のセンセーショナルなプロモーション攻勢に疲れ果て、燃え尽きてしまうパターンが目立っていたが、スノウ・パトロールは自らのペースを崩すことなく、良い曲を作るという極めて基本的かつ大きな命題に押しつぶされることなく、見えない自らの壁と徹底的に戦った結果が今作である(この辺は自らのペースを崩さないバンドが多いグラスゴー周辺のバンドの影響が強いのかもしれない)。

 歌詞はとてもパーソナルな恋人(対人間)との儚い関係性を描く内容のものが多く、それらはとても内省的であるが、故に曲の広く蒼い世界観とのギャップが作り出す永遠へと続くと思わせる科学反応としての飛距離の大きさが、彼らの楽曲を高く光の先へと発射させるのだ。
 このアルバムで踊っている言葉。「オープン・ユア・アイズ」、「シャット・ユア・アイズ」。僕には同じ意味に思える。その答えはあなたの耳を通過した先の心のなかにあるだろう。
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2006年06月20日

あー、あづい

 今日このごろですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。僕は(というかみなさんそうかもしれませんが)連日のサッカーW杯の中継(のスカパー録画放送)を見ているせいで、なかなかここが更新できません。懲りずに見ていただいている方々には申し訳ないです。

 なので、今回は新たに書いたものではなくて先月くらいに書いたものなのですが、レコ評のストックを放出させていただきます(この期に及んでストックかよ!←と自分に突っ込む)本当はもっと煮詰めたかったのですが、そんな時間もないし、キリがなくなってしまい、いつまで経っても出せなくなってしまうので。
 
 では1本目です。どーぞ。
続きを読む
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2006年06月07日

【レポ】EXTREME NIGHT Vol.2(後編)

 会場時間の6時を回った。急遽客入れのDJを任され、DJの時にかける予定の曲以外のものをかける。僕が当初DJの時にかけようとしていた硬質なエレクトロニカ。エイフェックス・ツイン、オウテカなどから、DJのodaqさんが用意していたディス・ヒートがとてもよかったので、そこからポップ・グループなどへのニュー・ウエイヴへと流れていく。

Filth

 客もそこそこ入りはじめ、今回の1番手Filthの時間となった。Filthは、今回のイベントの首謀者いっしーさんとP.R.O.M.でおなじみのjunneさん、そしてjunneさんの弟toruさんの3ピースバンドである。この日はFilthの初ライヴでもあったが、初の音合わせの段階でお互いがどういう音を求め合っているのがはっきりわかったようだ。初ライヴということもあって、当然ながら僕は初めてライヴを見たのだが、非常にシンプルかつ重厚なストーナー・ロックでかっこよかった。テクニックはアマチュアだけに凄いとは言えないけれども、その分お互いの音の隙間の埋め方、また埋めるタイミングが絶妙。お互いの音を良く聴いているな、良い耳してるな、と思った。これなら僕にも出来るだろう、と一瞬思ったりもしたが、こういう音を出せるのはきっと耳の成熟度と柔軟性が織り成す年輪のようなものが要求されるだろうから、僕にはまだ早いだろう。渋かっこいいバンドだった。次回はまた成熟に磨きがかかった音を聴かせてくれるだろう。楽しみである。

DJ odaq

 odaqさんの相変わらずのヘヴィーな重厚爆音なDJを挟み、ホッピー神山+アウラノイザズの登場の時間に。アウラノイザズはハープを軸にそこにラップトップを絡ませる、いわゆるアナログとデジタルのミルフィーユのような、かわいパンクな女性二人組のユニットだが、本日は日本を代表する音楽家ホッピー神山さんとの三つ巴決戦である。経験では圧倒的にホッピーさんのに分があるが、さてどう転がるか?

アウラノイザズ+ホッピー神山

 まずはアウラノイザズのポップなラップトップからのボップな打ち込みからハープが絡む。こういうのもできるんだ。凄いなあ。やはりセンスあるなあ。と感心していると、後ろに陣取るホッピーさんが、オモチャのピアノ(足で踏んで音を出すやつ)をおもむろに取り出す。しばらくして、そのオモチャピアノを手でぐしゃぐしゃになるんじゃないかという勢いで弾きだした。うわあ、凄え。凄えパンクだ。 僕はパンクとは実験精神だと思う。つまりパンクとはこれまで誰もやってこなかったことをやるという精神を指すのだ。皮ジャンに身を固めて、体に穴をあけまくることだけがそれではない。新たな領域に踏み出そうとする勇気、そしてそれを成し遂げてしまう運と実力、それをできる人が僕にとってはパンクな人だ。そういう意味ではホッピー神山さんはパンクだった、僕のホッピーさんへのイメージが大きく覆された瞬間だった。
 アウラの二人もそれに負けじと応戦するが、さすがにちょっと押されていたかな。でも、彼女らはこの日凄くいい経験が出来たと思う。ホッピーさんのパンク精神を受け取って、今後もっと期待できる音を見せてくれることを願う。

DJ はるぴょん★

 はるぴょん★のトランスレコード、SSE絡みの非常にダーク&サイケな曲で責めまくり。僕はこのへんの曲はあまりよく知らないのですが、冷たく鋭い感触、触るとケガするぜ、という感じの曲が多かった気がします。はるぴょん★らしいDJだなと。彼女のDJはいつも独特な雰囲気があって好きだ。そしてそういう独特な雰囲気が出せることを羨ましくも感じる。

藤乃家舞+藤掛正隆+ホッピー神山

 続いては、当初はAmazon Saliva、Acid Mothers Temple & The Cosmic Infernoなどでギターを弾かれている田畑満さんが出演予定でしたが、本人が鎖骨を折る怪我をされたため、当日組む予定でしたピースピルなどでベースを弾かれている藤乃家舞さんと、元ゼニゲバのドラマー藤掛正隆さんのトリオに田畑さんを抜いたユニットでの出演になるところを、何とホッピー神山さんが急遽そこに入っていただけるという超ド級のサプライズがあり(僕も知らなかった)藤乃家舞+藤掛正隆+ホッピー神山のライヴをなった。

藤乃家舞+藤掛正隆+ホッピー神山-2

 いやあ、このライヴは凄かった!超ロッキンなライヴ。タイトかつ強力なドラムを叩く藤掛さんとベースを弾かず、別の楽器の弦とすり合わせて使ったりベースをギターのように弾きまくったりと、この2者の凄まじい音のぶつかり合い。さすがピースピルなどで、ゴツいライヴをやられてるだけあって(未見ですが、、、)佇まいやリハの時はなんとなく軟派なイメージだったけど(藤乃家さん、すいません、、、)音と音に対する姿勢は非常に硬派ですげえ格好良かった。そこにホッピーさんの神出鬼没な電子音、またピアノと時おり咆哮が混じる。その3者のギリッギリに保たれたバランスがお互いを支えながらも突き合っている感じ。土俵際のスリリングな攻防。はっきり言ってとても初組み合わせのライヴだとは思えなかった。いや、これは初顔合わせだったからこそ起こり得る不均衡に形作られた完璧なバランスの結晶だったのかもしれない。きっと音で会話をするというのはこういうことなのだろう。そして、あまりに白熱していたため時間が押すかと思いきや(次のDJが僕だったので時間調整を頼まれていた)きっちり時間通りに終わらせてくれた。

 そして僕のDJ。以前僕はこのブログで『日本に土着した演歌、歌謡曲とアメリカの黒人文化を支えてきたヒップ・ホップ。そして北欧の風土を的確に表現してきたエレクトロニカが融合したら一体どんなことになるのか、と日々夢想しながら色々試しております』とか偉そうなことをほざいてましたが、何か全然違うところにいっちゃいました。すいません。演歌をヒップ・ホップの融合なんて、無理!しかし、演歌もかけましたし、エレクトロニカに近いヒップ・ホップもかけましたし、あまり硬派なものではないちょっとおちゃらけた流れで場もそれなりに盛り上がったようですので、まあ、よかったかなと。以下、僕のセットリストです。

Keep On Fighting(『ALL NIGHT LIVE IN 桜島 04.8.21』より)/長渕剛
kannin/shinto
Park West/kuge yoshio
ORGANIC ORGASM/HAIR STYLISTICS
北酒場/細川たかし
You Must Come With Me/HEAD MACHINE
Larks' Tongues In Aspic[Part 2](「CIRKUS』より)/King Crimson
nanostorm/O.N.O
Napalm Brain/Scatter Brain /DJ SHADOW
新宿/豊田道倫


枡本航太-2

 遂に本日のトリ、尾道が生んだスーパー・ミュージック・アウトサイダー枡本航太の登場だ!主催者の挨拶にケチを入れ、ミラーボールを止めさせ、サンプラーをいじくり、デカい打ち込み音をぶち込む!ギターを掻き鳴らし、オノレの情熱と焦燥を怨念をかき混ぜ、空間とSEXする!皆、テクニックがテクニックがというが、テクニックなんてこの際どうでもいいんだよ!彼は自らの音楽への気持ち、バンドを組めないという孤独感が彼を結果的に上手くさせただけで、彼の音楽の本質はテクニックでは無い!テクニックの高さに僕はより彼の孤独感を感じてしまう。その後も彼のエクストリーム・ショーは続き、ピアノを弾き、ドラムを手で叩き、サンプラーの台に乗り感動のフィナーレ。もう、相変わらず素晴らしかった。ハズレなし!自分でも誉めすぎだと思うが仕方ない。もう誉めないの、無理!

枡本航太onDRUMS

 ソーダ水。音楽にメッセージは要らない、と言い放った彼が最後に残した言葉、ソーダ水。ソーダ水のように儚く水の中で弾く炭酸の泡のように彼の音楽は儚く美しく空間に溶ける。

 ま、こういう感じで、もう少し多くの方に数々の素晴らしいパフォーマンスを見ていただきたかったです。それは残念でしたが、イベントとしては(勿論反省点は多々ありますが)まずまずの及第点を与えられるものになったのではないかと自負しております。
 僕個人としては、今回本当に枡本航太という男をこのイベントに呼べてよかったと。彼に話が聞けてよかったと思いました。幸せでした。ありがとう、枡本航太。
 そして、インタビューでも語ってましたが、僕が押しまくっていた枡本航太の存在を覚えていてくれて、奇跡のタイミングで彼をこのイベントに招き入れてくれたこのイベントの首謀者、いっしーさんありがとう!次回もよろしくです!
 そして、odaqさん、はるぴょん★もありがとう!そして一番有難い存在です。お客さんありがとう!次回もよろしくです!
 次回は9月9日の土曜日!場所は今回と同じく渋谷青い部屋!次回もみんなでエクストリームしましょう!待ってます!!!

 前編はこちら
posted by 植木孝之 at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

【レポ】EXTREME NIGHT Vol.2(前編)

EX-2 kanban

 まずは、青い部屋にご来場いただきましたみなさま、そして出演者のみなさま、青い部屋スタッフのみなさま、ありがとうございました。

 第2回を開催するにあたって、さまざまなサプライズが(いいことも悪いことも)ありましたが、無事終了することができました。個人的にもいろいろな経験をさせてもらいました。多少のリスクは負いましたが(笑)。ま、そんなことはこの日の経験の大きさにくらべればたいした事ないです。

 前回もそれぞれ個性的なアクトがそれぞれのエクストリームを見せてくれた素晴らしいイベントでしたが、今回は頭で考えるよりも体の赴くままにエクストリームを追求していくような、いわゆる肉体先行型のアクトが多かったように思いますし、そういうイベントになったと思います。

 イベント当日、僕を含む関係者数名は、楽器搬入、会場準備、打ち合わせ等を行うために15時半(会場は18時)に集合。そして16時頃、リハを行うために枡本航太さん、藤乃家舞さん、藤掛正隆さんが会場入り。今回は出演順から逆行してリハを行うというスケジュールを組んだため、今回のイベントのトリをつとめることになっていた枡本航太がリハの1発目であった。これまで何回か彼のライヴを見ているが、こうしてリハを見るのは当然ながら初めての経験である。何だかとても変な感じがしたが、すげえ興奮したし単純にその場にいれることが嬉しかった。そしてギターの音が1発鳴った瞬間大げさでなく、このイベントの成功を確信した。
 枡本航太のリハが終了し、僕がイベントの直前にやろうと決断した、彼へのインタビューを打診する。「へ?何の?」と聞かれたが「いや、枡本さんの話が聞きたいと思いまして」と正直に答え了承をもらう。青い部屋はステージとは別に、ステージ横にガラス越しの部屋があるので、そこで彼と約30分間インタビューを行った。その模様というか内容はいずれここで公開する予定ですが、まずはmixi内のEXTREME NIGHTコミュニティで先行公開します。mixiに入っていない方には大変申し訳ないですが、入っている方は是非ご覧ください。そして、できればそのコミュニティに入ってほしいなあ、なんて思っちゃったりなんかして(笑)。

EX-2 interview

 僕は緊張こそしていなかったが、ものすごくテンパってしまい、何を聞いたらいいかわからなくなってしまったが、若くして既に自分の言葉を持っている枡本は、心に突き刺さる言葉を何度も吐いてくれた。インタビューなんてまともにしたことがなかった僕の拙い問いかけにしっかりと向き合ってくれて、しっかりと答えてくれた。彼にはとても感謝している。

 その後、ホッピー神山さんが登場。何故か僕に話があるという。「へ?ホッピーさんと僕は面識なんてないのに、何で?」と思ったが、僕が以前このブログで激押ししたシントウのメンバーが僕の名前を知っていたらしく、以前シントウのアルバムをホッピーさんのレーベルから出したことがあった関係で、現在でもシントウとメール交換をしているという。そして、ホッピーさんと僕がこのイベントで競演(なんて言い方はあつかましいが)するという情報を聞きつけ、僕によろしく言っておいてくれと、いうことらしい。ほー。こんなことあるものなんですね。ありがたい。
 というわけで、ホッピーさんとシントウについて雑談。まさかホッピーさんとシントウが何故日本人にあまり受け入れられないかという話をするとは思わなかった(笑)。自分の国のことがよく見えない(見ない)日本人こそが、他国から日本を俯瞰していて、日本をより鮮明に映し出しているシントウを聴くべきたと思うんだけどなあ。日本語だから(日本人に)わかりやすいし、伝わりやすい。サウンドはハイブリッドかつポップ。歌詞の内容は確かに痛みを伴うし、聴いててキツいけどさ。みんな麻痺しすぎだと思う。
(追記:そんなシントウが6月8日に来日ライヴを行います。W杯期間中にわざわざドイツから来日って何だか凄いですよね。ドイツ(ヨーロッパ)より数バンド(とDJ)、そして日本より(僕をシントウの世界へと引きずりこんでくれた)サワサキヨシヒロ!、CAPTAIN FUNKことTATSUYA OEが参加するということです。何か濃いイベントになりそうで楽しみです!場所は代官山UNIT。詳しくはこちら→PDF

 というわけで、開場前からいろいろありすぎて、わけわかんなってましたが、開場の時間は刻々と迫ってきているのでした。

後編へと続く、、、
posted by 植木孝之 at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

新しいミュージックマガジンも出たので

 先月(2006年4月号)のミュージックマガジンの読者投稿欄に掲載されたZAZENBOYSの2月16日、恵比寿リキッドルームで行われたライヴ評を掲載します。

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 本誌2月号のアルバム・ピックアップ、『ザゼンボーイズ3』のレヴューで行川和彦氏が「パート間のクールなケンカが見えてくる」と評しているが、そのケンカがアルバムの枠から飛び出し、生の熱を帯びて表現される場がライヴだ。最新アルバム『ザゼンボーイズ3』を引っさげてのツアー2日目、恵比寿リキッドルームへと足を運んだ。

 ツアー2日目にもかかわらず、最新作の消化度、また楽曲の更なる発展の尺度の大きさは凄まじく、彼らの学習能力の高さ、また観客に向けて音楽を生で表現するという意味と意義と可能性をしっかりと認識している様が強く感じられた。この成長の早さというのは他のバンドではそう頻繁に感じられるものではない。

 主な要因として挙げられるのは、昨年より加わったドラムの松下敦がその流れを加速させるカンフル剤として機能したことだろう。彼が加入したことによりバンドの方向性は広がった。最新作がロックというジャンルにとどまらず、ニュー・ウエイヴ(ノー・ウエイヴ)、ブラック・コンテンポラリー・ミュージックなどの幅広い音楽性すらも飲み込んでいるということを如実に伺えるものとなったのは、向井がもともと持っていた音楽的資質の可能性をドラム松下のテクニックと包容力、また松下自身の音楽的資質が引き出した結果、という気がしてならない。

 最新作収録曲ではないが「クレイジー・デイズ・クレイジー・フィーリング」では黒く粘っこいベース、4つ打ち風なドラム、ダヴ処理、シーケンスを使ったかのようにテクニカルかつファニーなギター、更にはシンセサイザーによって、彼ら得意のアルバム収録時からの大胆なリ・アレンジ(人力リミックス)が施されており、それはあたかもアンダーグラウンド・レジスタンス(ギャラクシー・2・ギャラクシー)に代表されるデトロイト・テクノの雑食性の片鱗すら顔を見せるが、それは僕の少々穿った見方かもしれない。

 最近のザゼンボーイズの作品陣(セカンド・アルバム以降)は歌詞による直接的なメッセージのみに頼らず、曲やアレンジの強度で何かを伝えたいという意志が強く感じられる。それが現時点では恐ろしいほどに伝わるザゼンボーイズのライヴは、音楽で後頭部をガツンとやられたうえに、頭と体をシェイクされたいという方なら1度はライヴに足を運んでみても損はしないはずだ。

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 4月20日に渋谷AXで行われたライヴにも行ったのですが「クレイジー・デイズ・クレイジー・フィーリング」はまたアレンジ変わってました。1曲目。ベース日向の超絶ベースからダヴ少なめのビースティー・ボーイズ風西海岸ヒップ・ホップって感じでしたかね。ライヴ自体は上述した日ほどの壮絶さ、性急さはあまり感じませんでしたが、ツアーを重ねてきてできた年輪というか、貫禄が見える大人のステージという印象を受けました。余力でライヴをこなしている、というのではなく1曲1曲かみ締めながら演奏しているような。でも、押さえるツボはちゃんと押さえてました。6月のZEPP東京でのライヴも行きますので、ここからまたどのような変化を遂げているのかは、ここでお知らせしようと思います。
posted by 植木孝之 at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

現在発売中の、

ミュージックマガジン4月号

 ミュージックマガジン4月号の読者投稿欄に僕が書いた2月16日開催のZAZENBOYSの恵比寿リキッドルームでのライヴ評が載っています。巻末近くに載ってますので、超暇で他に何もすることがないという方は是非御覧ください。

 実はこの5日後の渋谷クアトロでのライヴも見ることができたのですが、そこでもリキッドに比べての進化が感じられて、本当にこのバンドの進化の驚くべき速さに打ち負かされました。

 このあとは4月20日の渋谷AXのライヴを見る予定なので、2月から各地のライヴを経て、この猛獣がどう進化しているのかを確かめるのが今から楽しみです。まだ見たことがないという方、またアヒトイナザワが抜けてしまってバンドへの興味が薄れてしまい、ライヴから足が遠のいてしまったという方は今の彼等のライヴを見ても損はしないと思いますので、是非見てもらいたいなと素直に思います。といってつまんなくても僕にチケ代請求しないでね(笑)。
posted by 植木孝之 at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月09日

浮上。

 Kinki Kidsの堂本剛が、ソロでの音楽活動を中心としたプロジェクトにENDLICHERI★ENDLICHERI(エンドリケリー★エンドリケリー)という冠を付け、シングル『ソメイヨシノ』、そしてアルバム『Coward』を発表した。

 他、詳しいことはENDLICHERI★ENDLICHERIオフィシャル・サイトを参照して欲しいのだが、僕が何故堂本剛の音楽を聴き、彼の音楽に惹かれたのかをこの場でお話したいと思う。
 僕がKinki Kidsではなく、堂本剛の音楽をアルバム単位で初めて聴いたのは堂本剛名義での2ndアルバム『si:』からである。きっかけはこの記事でトラックバックさせて頂いたある方(もりたさん)が、やたらと彼の音楽の良さを褒めちぎっていたので、ホントかなあと穿った先入観で入ったのだが意外や意外、良かったのだ。

 と、同時に僕のように穿った先入観、つまり「堂本剛=アイドル=アーティストイメージの1部分としての音楽」というイメージがある人。それは特に僕のような20台中盤からの男性に多くいると思われる。また、ジャニーズ系アイドルを崇拝している小中高校生の女子たちにもまた「音楽(歌)はアイドルイメージのある1面でしかない。そのアイドルを好きになる要素の1つ」という風にしか考えていないであろう、という先入観が大いに覆された瞬間であったのだ。

 堂本剛は作詞のみならず作曲も手掛けている。そして、その楽曲イメージが堂本剛が作るものとして(楽曲の完成度は別として)確立されているのがわかった。あ、彼は本気で音楽をやっているな、と思った。彼はインタヴューで「音楽に救われた」と述べているが、まさしく音楽への愛、それに背をそむけないように真剣に音楽に向き合っている姿勢を強く感じる。
 そして、今回彼は上述した彼を取り巻く環境のせいで遮られていた壁をある程度取り払うために、堂本剛という看板の上からENDLICHERI★ENDLICHERIというペンキを塗ることを選んだのだ。

 そういう紆余曲折があった先の作品だからか、作品全体に無駄な力が入っていない。彼が愛するブラック、ソウル・ミュージックを機軸としたブラスアレンジからビートの裏(オフビート)の使い方などの細かいところまでのケアもしっかりと施されており、本当に楽しみながら音楽を作っていったのだな、ということを前作以上に強く感じる作品となっている。楽曲のアレンジを上田ケンジや十川知司とともに練っていたり、演奏の大半を豪華(スタジオ)ミュージシャンに任せていたりと、堂本剛がどこまでこの作品に対してのイニシアチヴを取れているのかがいまいち釈然としないが、それは彼のスキルと音楽への愛が時間とともに解決してくれることだろう。

 話は変わるが、僕は1979年生まれの26歳である。堂本剛と同い年である。あと、1979年生まれだとバンプ・オブ・チキン(全員同年生まれ)なども挙げられる。堂本剛の書く歌詞(言葉)には現実を自分のいいようにねじ曲げて描くという事をせず、(できるだけ)まっすぐな視線でスケッチしているものが多い。バンプ・オブ・チキンの楽曲にもそういう歌詞が多い。僕の書く文章もそうだと思いたい。決して上手い文章と言えなくともそこに書かれているものには嘘偽りなく自分に正直でありたい。他人にウソはつけども自分にウソをつきたくない。

 これが1979年生まれの同族意識であるとは思わないが、未来に明確な目標を持てず、(以前からよく書いているが)ミレニアムを迎えた先に溢れているであろうアカルイミライが、これまでと全く変わらない現実であったという途方も無い絶望感。そして虚無。邦楽シーンでは、僕等の世代より少し上の、スーパーカー、くるり、中村一義、椎名林檎などが作ったあるピークの波に確実に乗り遅れた世代。その僕等に一体何が残されているのかを考えた時に、残っていたものはこうした、ピュアネスだったのかもしれない。それは、戦場に短剣1本で乗り込むような無謀な行為なのだろうが、その姿勢に僕はひどく心を打たれ、自分もそうありたいと思い、そんな狭間の世代に生まれたということを、ちょっぴり誇りに思ったりするのだ。
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2006年03月03日

君は枡本航太を知っているのか?

枡本航太

 俺が初めてその男のパフォーマンスを目撃したのは今年1月、代官山UNITで行われた「破壊宙 vol.3 〜お正月スペシャル〜」というイベントだった。言わずもがな以前ここで書いた破壊宙の第3弾である。
 今回は他に54-71、キヂルシア(6マ) 、GREEN MILK FROM THE PLANET ORANGE、1★狂 (大阪) 、trio los fegccio(京都) 、nanycal Z (大阪)という54-71以外は殆ど予備知識のないメンツ。でも、あの破壊宙だし何かあるだろうと踏んで出かけたのである。新年早々オサレの街代官山まで。
 イベント自体は新年早々らしい独特の緩さに囲まれて、新年から代官山に集まって何見てんだ、という自らを冷笑したりもしていたが、枡本の姿を目の当たりにして俺の目の色が変わった。

 はるばる広島から鈍行を乗り継いで(しかもキセルして)上京してきたという噂の、かのオシリペンペンズの石井モタコが自身のBBSでケンカを売ったという枡本航太という青年は、演者が立つステージではなく客がいるフロアに降りギター、リズム・マシンをセッティングし、こんなの何処に売ってるんだっていうような薔薇柄の刺繍らしきものが縫ってあるデニムシャツに身を包んでいた。
 前半はリズム・マシンから飛び出る、プロディジーも(ある意味)真っ青の激しすぎる打ち込み重低音に、一人ヘドバンかましてギターを弾きまくるというスタイル(ラウド・ロック調)。あまりの重低音にPAもビックリしたのか、ハウりまくって心臓にまで響く音を(間接的に)演出。人体への影響を懸念。その他、歌モノもあったり(尾崎豊調)、ヒューマン・ビート・ボックス披露などもあった。歌モノの曲中にギターソロをかましつつ、ヒューマン・ビート・ボックスするという離れ業も披露。いいところでギターピックを投げるも誰も拾うもの無し(逆に避けられる始末)。
 まあ、音楽的には何も新しいものはないけれども、誰ともバンドを組めずに独り部屋の鏡に向かってギター背負ってポーズキメてる絵が目に浮かぶ。こいつの凄いところは、そういう中2マインド全開のまま(一人で)ステージに上ってしまったということだ。そんな奴の精子も乾かない程の青々しさが眩しかった。 グッときたさ!

 そんな奴が何とフジテレビ深夜にたまにやっている、音楽をよく知っている人が作っているであろうライヴ&インタヴュー&ドキュメント番組FACTORYに出演するという。奴のパフォーマンスを見た者の恐らく99%は「ありえねえええ!!!」と叫ぶであろう、満塁逆転スクイズのような展開だが、これは見物だ。決戦は3月11日。是非目撃して欲しい。
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2006年02月11日

こういうのもたまには聴くんだよ。

LEQUIOS/DAPAMP

 僕のDA PAMPのイメージといえば、「ボン・バ・ヘッ!!!」である。

 その「ボン・バ・へッ!!!」でおなじみのm.c.ATこと富樫明生のプロデュースから、(前作『疾風乱舞』より)離れ、本作『LEQUIOS(レキオス)』が、セルフ・プロデュース2作目のアルバムとなる。彼らは前作よりアルバムをセルフ・プロデュースしているが、本作も同様に加え収録曲の殆どに作詞作曲を、更に編曲(曲のプログラミング)にまで関わっている。

 DAPAMPといえば「ボン・バ・へッ!!!→ダンス」という僕のイメージを大きく覆すR&B、レゲエ、沖縄民謡、ヒップホップの影響を多分に受けた楽曲陣。それらは決して派手なものではなく、彼らが音楽を着実かつ慎重に作っていこうとしている意志の強さを感じさせる。ただ、2曲(1曲と1曲のアイデア)を無理やりくっつけたようなアレンジなどに多少の違和感を覚えるが、時流の流れと簡単に迎合しない彼らなりのDIY精神というものは、強く感じられる。

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 そのDIY精神と逆行するかのように、あらゆるプロフェッショナルの力を借りて作り出された三浦大知のファースト・アルバム『D−ROCK with U』では、元々彼が持ち得ていたFolder時代のとてつもないハイトーンが声変わりのために若干失われてはいるが、その代わりに重心の低く安定した声に、声変わりを経てもなお相変わらずの高レベル水準のハイトーンを聴かせてくれる。

 この手の日本のR&B系シンガーは枯れ声を渋みと思わせるところがあるが、彼にはそれがなく声にまるで枯れがない。遥か青空の彼方にまで届くのではないかという程の飛距離を放っている歌声は唯一無二なものだ。
 元々彼がFolder時代に得意としていた、ジャクソン5などのフリーソウルから、オマリオン、クレイグ・ディヴィットなどの時流に即したR&B路線へと音楽の重心を移した、華麗なる転進を遂げているが、彼の歌声には全くのブレはない。恐らくどんなスタイルの曲に対応できるのだろう。きっと10年、20年後にはブルースもうまく歌いこなすはずだ。

 ボン・バ・ヘッ!!!、いやDAPAMPと三浦大知。2者ともある1つの栄光が過ぎ、新たなステージへの階段をそれぞれの方法で確実に昇っている。R横町では普段追わないようなアーティストではあるが、こういういわゆるトレンドからは若干外れているが(いや、これらが時代の流れからするとジャストなんだろうけど、僕の耳に引っ掛かるということは何かあるのだろう、きっと)、独自のクオリティとアイデンティティの限界を絶えず追い掛けているような彼らの作る音楽を今後も追い掛けて行きたいと思っている。
posted by 植木孝之 at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

君はシントウを聴いたことがあるのか?

シントウ

 とりあえずこの曲を聴いてみてください。それで引っ掛からなかった方はこの記事を読まなくてもいいです。いや、やっぱり下の記事を読んで気に入られる方もいるかもしれないので、できれば読んでください。
【ダウンロード曲:ケイレン/シントウ(シントウHPより)】

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posted by 植木孝之 at 15:10| Comment(22) | TrackBack(0) | えらそうに評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする